北条実時(1224〜1276)は、鎌倉幕府の第2代執権であった義時の孫で、貞応三年に実泰の子として生まれました。実時は、引付衆や評定衆など幕府の要職を歴任し、文永三年(1275)には越訴奉行(オッソブギョウ)をつとめています。政治面で活躍する一方、広範な分野の学問にも力をつくし、文武ともにすぐれた知識人で、現在の称名寺がある地に別業を開き、金沢文庫の礎を築きました。墓地内中央の宝篋印塔(ホウキョウイントウ)は、北条実時の墓と伝えられ、さらに左右の五輪塔は一門の墓と言われています。又江戸時代この墓地を修復した時は、素焼きの壺の類が出土したといいます。
平成7年3月31日 横浜市教育委員会 
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